2023.10.05

10月を迎えました。だいぶ秋らしくなり、過ごしやすい日々が続いています。

次週の礼拝は、前任牧師の岩居先生の説教です。今回は、「キリスト者の呻き」という題で、ローマの信徒への手紙8章から御言葉を取り次がれます。ローマの信徒への手紙には、こうあります。「被造物だけでなく、“霊”の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、身体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます(823)。」「同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです(826)。」

今を生きる私たちは、さまざまな困難を抱え、うめきながら日々を過ごしています。自分自身のことを考えてみても、物価高の影響、力によって世界や社会を変えようとする動き、教会の現状、仕事に追われゆとりのない自分など、さまざまなレベルで心配や不安があり、うめきという言葉がピッタリ当てはまるような気がします。しかし、そんな弱いわたしを助けてくれる方がいます。それが、“霊”、聖霊です。聖霊は私たちと一緒にいてくださり、言葉にならないうめきを知り、聖霊自身がうめきつつ、私たちを執り成してくださいます。一緒にうめいてくれる存在があることに、慰められます。

さらに、ローマの信徒への手紙は続けます。「“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています(82728)。」聖霊は、神の御心に従って私たちを執り成してくださいます。私たちのうめきも、神の御心に従うものとなり、最後は万事が益となるように働いてくださいます。つらいこと、苦しいことは、人生における無駄な時間ではなく、万事が益となるように導かれるためのものである。今現在の“うめき”が“感謝”に変わる時が来ると告げています。

 

苦しみのままで終わらないことは、希望です。むなしくなることは何一つなく、すべてに意味があり、すべてが益となるように導かれると聖書は告げます。神さまと共に生きることは、心強く、慰めに満ちたものだと思います。生きづらい今だからこそ、聖書の言葉が心に響いてきます。皆さんもぜひ、聖書の言葉に耳を傾けてください。支えとなる何かが、聖書の中にあるはずです。

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